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わたしは十年前に現在の場所に家を建てた。

私の生涯で家を建てるなぞとは考へてもみなかったのだけれども、

八年程住みなれていた借家を、どうしても引越さなければならなくなり、

私はひまにまかせて、借家をみつけて歩いた。まづ、下町の谷中あたり

に住みたいと思ひ、このあたりを物色してまはったが、思はしい家もな

く、考へてみると、住みなれた、現在の下落合は去りがたい気がして、

このあたりに敷地でもあれば小さい家を建てるのもいゝなと考へ始め

た。幸ひ、現在の場所を、古屋芳雄さんのおばあさまの紹介で、三百坪

の地所を求める事が出来たが、家を建てる金をつくる事がむづかしく、

家を追いたてられていながら、ぐづぐづに一年は過ぎてしまったが、そ

の間に、私は、まづ、家を建てるについて参考書を二百冊近く求め

て、およその見当をつけるやうになり、木材や、瓦や、大工に就いての

智識を得た。



大工は一等のひとを選びたいと思った。

まづ、私は自分の家の設計図をつくり、建築家の山口文像象氏に敷地

のエレヴエションを見て貰って、一年あまり、設計図に就いてはねるだ

けねって貰った。東西南北風の吹き抜ける家と云ふのが私の家に対す

る最も重要な信念であった。客間には金をかけない事と、茶の間と風

呂と厠と台所には、十二分に金をかける事と伝ふのが、私の考へ

であった。



それにしても、家を建てる金が始めから用意されていたのではない

ので、かなり、あぶない橋を渡るやえなものだったが、生涯を住む家と

なれば、何よりも、愛らしい美しい家を造りたいと思った。まづ、参考

書によって得た知識で、私はいゝ大工を探しあてたいと思ひ、紹介され

る大工の作品を何ヶ月か私は見てまはった。





林芙美子記念館のパンフレットより












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